【書評】 もっと生きていたかった――風の伝言


『月刊みすず』第711号(2022年1・2月合併号)

「2021年読書アンケート」抜粋  鈴木裕子

  1. ②石川逸子『もっと生きたかった』(一葉社、21年)は、社会派の詩人と知られる著者の最新詩集である。米寿を迎える著者の感性は相変わらず鋭いが、その言葉は優しい。しかし、この詩集を読むと、日本がいかに民衆の意思を疎外し、他民族に対し、いかに凄惨な仕打ちを行ってきたか、よく窺い知れる。「(性懲りもなく、再び屍の山を築く気かよ)地底より聞こえてくる、もっと生きたかった、ひとびとのかすかな呟きに耳を傾けねばならぬ」と、著者は結んでいる。反戦平和の思いを新たにさせる詩集である。

『京都新聞』2021年9月6日

 

『法蔵魂――お寺の新聞 南溟寺通信』第521号(2021年9月)

 

「澤藤統一郎の憲法日記」(ブログ http://article9.jp/wordpress/

  2021年8月11日

 

 不定期刊の「風のたより」を送ってくれる石川逸子さんから、新刊書をいただいた。「もっと生きていたかった 風の伝言」という33編の詩集。

 出版した一葉社の解説には、「『生きたいのに生きられなかった 数え切れないほどの ひとたち』 打ち捨てられた死者たちに想いを馳せてきた詩人・石川逸子の哀悼小詩集。」とある。

 あとがきにはこうある。「この国はなんと歴史に学ばない国でしょうか。一旦、世界に目を転じれば、其処にも、かしこにも、いわれなく殺戮され、恐怖に怯えるひとびとがいて(性懲りもなく、再び屍の山を築く気かよ)――地底から聞こえてくる、もっと生きていたかった、ひとびとのかすかな呟きに耳を傾けねばと思うこの頃です。」

 この世に生を受けた誰もが望むことは何よりも生きること、生きながらえること。できることなら、家族の愛に包まれて育ち、親しい友と交わり、友人とともに学び、そして人を愛し働き、また家族をなして子をもうけ育てること。そのような生を断ち切られた人々を静かに見つめ、その思いを代弁する33編。

 生を断ち切られた人は、さまざま。戦没者、ナチスの収容所で犠牲となったユダヤ人、日本軍に殺された朝鮮人、従軍慰安婦とされた女性、終戦間近の特攻兵、沖縄戦の犠牲者、広島・長崎の爆死者、ナバホ族の放射線死者、パレスチナで殺された少年、イラク戦空爆の死者。ヒトでないのは、ひそひそとささやき交わす福島の牛の遺体。どの詩からも、「もっと生きていたかった」というつぶやきが聞こえる。

 一編だけ、笑っている遺骨の詩がある。他とは異なる不思議な宗教詩ともいうべき雰囲気の詩。これだけを紹介させていただく。

 

笑 い 声

輜重兵特務一等兵 キタガワ・ショウゴ
1937514日 銃弾に左胸部を貫かれ
戦死 享年24

幼い甥・姪たちへの手紙
「いまかうして戦ひあってゐる人々の中には
一人もいけない人は居やしない
ただ戦争だけがいけないことなのだ」

若者は 一発の銃も「敵」にむけないことを
おのれに課した
中国の子どもたちとのんびり遊び 里人にタバコを分ける
家の中に彼を 招待し 飴をもてなし
入浴まですすめる 里人たち

「おじさんは 憎い敵兵はただ一人も見やしなかった」
「おじさんは 戦友に文句を言われても 自分では
 とてもいい気分なのさ」

「次には ロバの話 水牛の話 豚の話を書こう」
記した 若い「おじさん」は
小さな骨になって 生家に帰ってきた

骨は(だれ一人殺さずに済んだ)と
嬉しそうに 笑っていた

「僕は一つの解決を射止めて、気軽に帰ってきた。
この嬉しそうな白木の箱の中で、赤ん坊のように
喚き立てている僕の声を聴いて呉れたまへ」
夜更け耳をすまし ひそやかな若者の
笑い声を聴こう