【書評】 志縁のおんな――もろさわようことわたしたち
『毎日新聞』2024年3月12日(夕刊)
『琉球新報』2022年3月13日
『朝日新聞』2022年2月8日
『沖縄タイムス』2022年2月5日
『信濃毎日新聞』2022年1月22日
『志縁のおんな』河原千春編著
96歳 女性史研究家のまなざし
斎藤美奈子(文芸評論家)
密度濃厚、ひと粒で何度もおいしい本である。『志縁のおんな』の副題は「もろさわようことわたしたち」。ページの端々から、ひとりの女性の哲学が、びしびし伝わってくる。
もろさわようこは1925年、長野県本牧村(現在の佐久市)の生まれ。女性学がスタートするはるか以前に『信濃のおんな』(1969年)ほか女性史の端緒をひらく数々の名著を著した在野の女性史研究家だ。
一方、編著者は信濃毎日新聞の記者。祖母と孫娘くらい年齢の離れたふたりの出会いがなかったら、こういう本は生まれなかっただろう。
本書の目玉は、もろさわへのインタビューをもとに、2019年2月から16回にわたって信濃毎日新聞に掲載された記事である(連載時のタイトルは「夢に飛ぶ―もろさわようこ、94歳の青春」)。
〈私が書き残さなければ、女性たちの本当の姿が浮かび上がらないという使命感ですよ〉と語るもろさわの話は、今日のセクハラや♯MeToo運動にも及ぶ。〈やっと女たちが自分の問題として声を上げられるようになってきた。やっと、やっとよ〉
〈日本で再軍備がどんどん進められている中で、これだけの人が蜂起して抵抗した六〇年安保に最初は励まされたの〉という戦後を語る言葉は、現在の政治状況を〈まさに戦前です〉と断ずる厳しいまなざしに直結する。
はじめてこれらの記事を読んだ私は「あのもろさわさん」の口から、自身の半生のみならず、現在の問題が語られることにいたく感動した。戦争、おんな、沖縄、部落差別…。加えて巻末のインタビューでは、安倍・管政権批判やコロナ問題まで飛び出すのだ。興奮するなというほうが無理だろう。
「志縁」とは、血縁でも地縁でもなく志への共感で結ばれた関係のこと。文筆から実践へと軸足を移したもろさわの活動の軌跡とともに、周囲の人々のもろさわようこ評、記事に関連した過去の文章や著作の一部も収録。多くの人の思いが詰まった、まさに「わたしたち」のための本である。
(一葉社・3300円)
*編著者は1982年横浜市生まれ。信濃毎日新聞編集局文化部記者。